西郡33観音霊場巡礼日誌 二十二番 秀厳山龍澤寺

1.記憶 子供の頃、保育園に通っていた頃ですが、わたしたちが「あばばあ」と呼んでいた人がいました。五歳児からは大人なのですが、何か普通の大人とは違う、ちょっと小太りしている、話しかけてもなかなかコミュニケーションが取りづらい人でした。でも、園児達には人気者で、休み時間に突然現れると「あばばあがきあたー。」とはしゃいだことを覚えています。たぶん言語が不明確なのをあだ名としてつけたのでしょう。どこの誰かという情報は大人は教えませんでした。そんな「あばばあ」と子供達が仲良くするのを温かく見守っていたのでしょう。わたしは身延町の出身ですが、鰍沢町出身の妻にも同じような経験があったようです。私達が幼い頃は、(といっても妻とは6歳の年の差がありますが)ちょっと変わった人にもおおらかに接する気質はあったようです。みんな貧しかったですけどね。だから貧しい人ほど。(イメージがわかない方は、芦屋雁之助の「裸の大将放浪記」を連想してみて下さい。)

2.せとじゅうさん 龍澤寺を訪ねると瀬戸地蔵さんというわりと新しいお地蔵さんがありました。どんな方かは存じないですが、土台の説明を見ると、何かわたしが子供の頃友達と群がった「あばばあ」を想い出しました。地域の皆さんから愛されて成仏して地蔵になった方なのでしょう。お地蔵様は人間に最も近い仏様と考えられているようです。今も昔も人なんて大して変わっていないんだから、せとじゅうさんやあばばあがそこいら辺の小径を歩いていても不思議はないのに、あの人達はどこへ行ってしまったのだろう。 

 

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3.龍澤寺を訪れると、昼頃から法事があるようで、本堂の前にはテントが立てられ生花が並べられていました。正面から撮ることは遠慮しましたが、左右に観音様が据えられています。六地蔵などは敬虔な信者の寄進でしょう。何を信じるかは難しいところですが、猜疑心こそがこの世の真実では寂しいと思います。

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